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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(う)292号 判決

主文

本件各控訴はいずれも棄却する。

理由

検察官高岡区検察庁検察官事務取扱検事宿利精一の控訴趣意は昭和三十年十一月二十五日付、弁護人南慎一郞同宮林敏雄の控訴趣意は同年同月二十八日付、各控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

弁護人南慎一郞同宮林敏雄の論旨第一、二点について。

原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示の事実、すなわち、「被告人(判示高岡市議会議員選挙に立候補した者)が、自己の当選を得る目的を以て、判示日時判示の場所(高岡市千石町六丁目地内)に於て、前後二回に亘り、南林千代等約二十名及び藤田善蔵等七、八十名の選挙人に対し、その都度『自己に当選を得しむれば、選挙人等の居住する高岡市千石町六丁目の道路を、町民である選挙人等に対し、一切の金銭的負担を為さしめず、市の予算を以てこれを舖装するよう努力すべく、若しこれが不可能なる場合には、私財を投じても舖装を完成する。』旨演説し、もつて選挙人に対し、特殊の直接な利害関係を利用して、誘導をしたものである。」ことを肯認するに十分である。弁護人は「被告人は、対立候補の政見に批判を加える意図の下に、舖装費用の調達方法について、法規上可能な手続の存在することを演述したに止まり、選挙民を誘導するような意思を、毫も抱懐して居なかつたものである。」旨主張するけれども、記録を精査するも、所論の趣旨に副うような資料の存在を認め難く、(被告人の原審公判廷に於ける供述に依れば、被告人は公訴事実を全面的に認め、ただ法律に不案内であつたため、斯る行為が犯罪を構成することを知らず、原判示の所為に及んだ旨弁疏するに過ぎないものであることを認め得る。)却つて、原判決挙示の各証拠、殊に、被告人に対する検察官作成の供述調書の記載に依れば、被告人が、対立候補者との競争が激化するにつれ、ことさら選挙人を誘導する意図の下に、原判示所為に及んだものであることを優に認定するに足るから、右主張は採用するを得ない。弁護人は「被告人は、野次に応酬した結果、時のはずみで『私財を投じても舖装を完成する』旨発言したに過ぎない。」旨主張し、記録を検討すれば、被告人も、原審第七回公判廷に於て、その旨の弁疏をしていることを認め得るけれども、右弁疏はにわかに措信し難いのみならず、たとえ、野次に応酬した結果、時のはずみで演述したことであつても、その内容を知悉しながら、敢てその取消しを為さず、これをそのまま放置するに於ては、苟も右申述内容が所謂誘導に該当するものたる以上、該所為は本罪を構成すること、多言を要しないから、右主張もまた理由がない。なお弁護人は「被告人に対しては、当時、本件所為に出ないことを、期待すべき可能性がなかつたものである。」旨主張するけれども、原審証拠調の結果を精査するも、所論のような事情があつたことを肯定するに足る資料が全く見当らないのみならず、却つて、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、本件の如き所為を為さず、他の適切な選挙運動を為すべきであつたし、また為し得る状況にあつたことを看取するに十分であるから、右論旨も理由がない。

検察官の論旨について。

記録を精査し、本件犯行の動機、行為内容等を斟酌して案ずるに、被告人に対する原審の量刑は相当であると考えられる。酌量すべきものとして考察すべきであり、これらを斟酌すれば被告人に対し執行猶予の恩典を与へられるべきであると思う。しかるに原判決が被告人に対し実刑を以て処断したのは刑の量定重きにすぎるから破棄せられるべきである。『参考のため前記の和歌山地方裁判所判決写を御高覧願ひ度い。それは四十数通の外国人登録書の偽造に対しても執行猶予が付せられている点であり、本件を之と比較するとき、本件が変造文書の数量が多いからとの理由は執行猶予を与へることができないと云うわけではない思う。また大阪高等裁判所第四部の同種案件の判決を原審に提出したから之も併せて御高覧願ひ度い。之は第一審は実刑であつたものが破棄され第二審において執行猶予が与へられている。』

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